ネコオドルのほんのつぶやき

自然豊かな小さな町で、猫4匹と暮らしています。小さな本屋「ネコオドル」店主が、本のこと猫のことなどをつぶやきます。

形に残す。

1年の日記。


『驟雨とビール』『爽やかな茸』『白ねこ黒ねこ』『頭蓋骨のうら側』武塙麻衣子/著、自費出版

2021年6月1日から2022年5月31日まで、夏からはじまる1年間の日記。
それぞれ3か月分ずつ収載されています。

武塙さんの世界の切り取りかたは美しい。
文章も美しく、ハッとするような表現に度々出会い、心を震わせることがあります。

武塙麻衣子さんは私の大学時代の1個下の後輩で、私はずっと「麻衣子」と呼んでいるから、ちょっとあらたまった感じで「武塙さん」と呼ぶのがくすぐったい、けど嫌ではないしむしろ嬉しいので、ここでは「武塙さん」と呼びたいと思います。
嬉しいというのは、私たちの「麻衣子」がみんなの「武塙麻衣子」になっていくのが嬉しいということ。

なぜ6月からはじまるのか、という点について。
武塙さんの日記は『諸般の事情』からはじまっていて、こちらを読むと自然とわかります。
これは2020年6月13日から1年間の日記で、『諸般の事情』『続 諸般の事情』の2冊に半年分ずつ収められています。
6月13日は武塙さんの誕生日。
武塙さんの1年は6月からはじまるのです。
30代最後の1年を形に残すためにはじめたという日記だけど、最後まで読むと、ハッとする事実に行き当たります。
まぎれもなく武塙さんの日常を綴った日記なのだけど、そこに潜む思いや「書かれていないこと」の存在に、否が応でも気づかされ、まるでミステリー小説を読んだ後のように、どこかに隠れていたかもしれない伏線を回収するために、最初から読み返したくなる、そんな惹きつける力を持っています。

『驟雨とビール』からはじまる4部作は『諸般の事情』から1年後の日記。
『諸般の事情』で心をつかまれた人は読まずにはいられないですね。

武塙さんの日常。
とにかくよく食べて、よく飲んでいる。
大衆酒場が好きというだけあって、行きつけの立ち飲み屋さんとか、ちょっと一杯だけひかっけるとか、はしご酒とか、酒呑みのお手本のような飲みっぷりが読んでいて気持ちよくて、お酒に弱い私にはうらやましいばかりなのです。
おいしいおいしいと言いながら食べる姿も気持ちいい。

夫のユークさんと、猫のエンゾと山椒と暮らしている。
友人ともよく飲んで食べて、母親ともよく映画やランチに行って、ファミレスでフランス語を習い、ポメラで原稿を書いている。
私はこの犬みたいな名前の機器が気になってしかたない。

映画を見て、料理をして、昼寝して、ベランダで家庭菜園して、仕事もする。
ユークさんが出張でいない日には猫になめられている。
数ヶ月に1回、ネコオドルに来てくれる。
『頭蓋骨のうら側』にはネコオドルが2回も登場していた。

『頭蓋骨のうら側』の最後にはエッセイがあって、武塙さんのおじいさまのことが書かれています。
本のタイトルは、おじいさまがとある雑誌に寄稿した戦争の思い出を綴った文章からとったものでした。

武塙というペンネームもおじいさまの姓だというし、物書きをしていたおじいさまは武塙さんにとって特別な存在なのだと伝わってきます。
そして私との共通点でもあるな、と。

作家だった私の祖父は召集された先で亡くなっているので、戦争の思い出を聞くことはできませんでした。
同時期に同じ戦地に赴いた人の戦争体験記を読んでは祖父がたどったであろう道筋を追っていて、そこに書かれていることはとても辛くてやりきれない事ばかりだけど、知らなくてはいけないことだと思って読み続けています。

物書きをしていたおじいさまのお話、今度会ったらもっと聞いてみたいな。
おじいさまが書いた文章も読んでみたい。

『諸般の事情』の巻末にも「骨」というエッセイがあることに気づき、武塙さんはおじいさまとおふたりそろって骨が好きなのかもしれないと、ちょっと思ったのでした。