ネコオドルのほんのつぶやき

自然豊かな小さな町で、猫4匹と暮らしています。小さな本屋「ネコオドル」店主が、本のこと猫のことなどをつぶやきます。

ヒロシマの港

なぜ広島に原爆が落とされたのか。

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『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』堀川惠子/著、講談社

広島の軍港・宇品に置かれた、陸軍船舶司令部。
3人の司令官の生きざまを軸に宇品の50年を描き出すノンフィクション。

暁部隊」の名前で親しまれていた陸軍船舶司令部。
兵隊を戦地へ運ぶだけでなく、補給と兵站を一手に担う、いわば「輸送の要」でした。

昭和16年に始まった太平洋戦争は、太平洋から南アジアまでを戦域とする「補給の戦争」となりました。
内地から遠く離れた孤島で戦う何万人もの兵士のために、補給はなくてはならない生命線。
しかし日本の参謀本部には、輸送や兵站を一段下に見る風潮がありました。

その象徴となったのが、ガダルカナルの戦い。
アメリカ軍は日本の輸送船に狙いを定めて的確に沈めにかかりました。
それにより日本軍は、兵器はおろか満足に糧秣さえ届けることができず、取り残された兵士は極端な餓えに苦しみ、多数の餓死者を出したのです。
「ガ島=餓島」と言われた所以です。

藤原彰『餓死(うえじに)した英霊たち』は、日本の兵士の死者のほとんどが戦死ではなく戦病死、それも餓死だったと訴える書です。
この本では、様々な戦場で補給が行われなかったことについて、ほぼ「制空権・制海権がないため」との一言ですませていますが、その背景には、決死の思いで輸送を試みた人々がいたことも、忘れてはならないのではないでしょうか。
これは、解説で一ノ瀬俊也さんも言及してるように、「兵站は軽視されたが、軽視と無視とは大いに違う」のであって、「海の向こうで行われた戦争を補給やモノの面から長期間支えた仕組みはどのように作られたのか」という点において、この本が書かれた2001年当時にはまだ研究が及んでいなかったことを示唆していると思います。
この点においてにも、陸軍船舶司令部に注目した『暁の宇品』は、とても貴重な資料になると思います。

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日本軍の兵站軽視について知識を深めるには『餓死した英霊たち』藤原彰/著、筑摩書房

先に『暁の宇品』を読んだからか、少々強引な論調に思える部分もありますし、馬に関する章などは、盲目の馬を守りながら行進した行李兵の体験記を読んだことがあったので、必ずしも藤原さんの述べる通りではないと感じています。
敗戦後に馬が一頭も帰国しなかったのも、連合軍に引き渡したからで、この書かれ方だと、すべてが犠牲になったと捉えられかねず。

一ノ瀬さんも言っているように、決して日本軍と戦争を擁護や弁護するつもりは毛頭ないですが、日本軍の責任を問うための材料としての事実ばかりに目を向けるのではなく、忘れてはいけない真実を、ひとつひとつきちんと拾い上げていかなくてはいけないと思います。

話を戻しますね。

日本はアメリカによって「兵糧攻め」にされていたという。
大本営の過ちは、輸送や兵站を軽視しただけでなく、そのアメリカの目論見にまったく目を向けなかったこと。
船舶の不足や補給の問題を訴える現場の声にも全く耳をかさなかった、その罪は大きい。

そして、1945年8月6日、広島に原爆が投下された日。
上からの指令を待たず、独断で真っ先に救援活動を行ったのは陸軍船舶司令部だったのです。

なぜヒロシマに原爆が落とされたのか。
これは堀川惠子さんがこの本を書くきっかけとなった疑問です。
この問いへの答えは、この本を読んで確認してほしい。

戦争が語られるとき、作戦を練った参謀本部や、戦線に出向いた兵隊たちにスポットが当てられることが多いですよね。
でも、戦争で戦ったのは、兵隊だけじゃない。
そのなかでも、従軍看護婦は体験記も多く、日本赤十字社も本を残していることから、よく知られています。
でも、輸送船を動かしていた船長や船員たちが民間人だったことは、ほとんど知られていないのではないでしょうか。
戦後、軍属として認められ恩給の対象になったと書かれていますが、当時、戦場への輸送を民間人に行わせていたという事実は覆すことはできません。

私がこの本を手にしたきっかけは、祖父の実家が広島市だったから。
兵役に召集された祖父が最初に配属されたのが野砲兵第五聯隊だったのですが、巻頭の地図にその場所が載っていました。
祖父はその後すぐ中国行きの部隊に転属になり、宇品から出港しました。
祖父の実家は、爆心地から1キロほどの場所にあり、原爆で跡形もなくなりました。
祖父は、中国で戦病死しました。

いま、作家だった祖父のことを調べているなかで、戦争のこと、広島のことも学び直しています。
知らなかったことが多すぎる。
今まで、悲惨な現実から目を背けたくて深くを知ろうとしなかった。
そんなかつての私に、戦争も広島も私のアイデンティティに大きく関わっているんだと、教えてあげたい。

ノンフィクション作家の堀川惠子さん、今回はじめて読みましたが、とても素晴らしかった。
戦争、広島に関する著作が多くあります。
過去作もさかのぼって読みたいと思います。